日本映画作家主義 3

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今回は、「世界の」と冠の付いた方々の作品である。まずは、泣く子も黙る「大クロサワ」。

黒澤明

成瀬巳喜男も山中貞雄も配信されていない状況である。贅沢を言ってはいけない。それはわかっているのだけれど、どうしても、「七人の侍」が、と思ってしまう。「蜘蛛巣城」が、と思ってしまう。メモリアルイヤーだし。だからこそ、ダメなのだろうか。

「用心棒」一本でもいいから、もっと見る機会を増やすべきだと思う。東宝時代が全くないというのは、成瀬巳喜男も含めて、やはり、東宝が悪いのか。

ないものねだりはここまで。

編集を巡って松竹と大メモしたという逸話が有名な白痴。小津映画、成瀬映画で見せる美しさとは異なる原節子さんが、良くも悪くも、ひとつの見どころではないか。

羅生門 は、脚本家橋本忍、撮影宮川一夫、両人の凄さにも改めて驚く。

と、批判、感想、あらすじの類はできるだけ書かない方針だったのだが、クロサワメモリアルイヤーなので、ついつい書いてしまった、と言い訳を記す。

おいおい、それを言うのなら、溝口健二こそだろ、と思いながら、残菊物語について書かなかったことを恥ずかしく思いだす。

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八月の狂詩曲、白痴、醜聞、

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羅生門、夢、乱、

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乱、羅生門

大島渚

あ、「絞死刑」はないんだ、と思う。けれども、と、続ける。減ったとはいえ、なかなか、充実している。先の項目で余計なことを書いたと反省しながら、また、書こうとしている。ただ、オオシマはすごい、で良いのではないか。見て、考えれば、それで良い。

それでも、余計なことを書きたくなるのも、映画の力なのだろうか。社会と映画。単なる芸術でも、単なる娯楽でもない。政治、社会の中心で、問題提起をする。松竹という大会社、当時のメディアの中心。それがいつのまにか、アウトサイダーになる。やがて、問題提起が無力になってゆく中、映画を撮影する機会は減る。

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日本の夜と霧、太陽の墓場、悦楽、愛と希望の街、日本春歌考、帰ってきたヨッパライ、白昼の通り魔、青春残酷物語、無理心中 日本の夏、御法度、

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愛のコリーダ、戦場のメリークリスマス、少年、愛の亡霊、新宿泥棒日記、儀式、夏の妹、東京戦争戦後秘話

今村昌平

大島監督と比べると、という気がしないでもないが、色々な事情があるのだろうか。ドキュメンタリー作品が見たくなってきた。

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復讐するは我にあり、ええじゃないか。

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復讐するは我にあり

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復讐するは我にあり

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